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大流行が止まっても、散発的に10年間ぐらいは起きることが多い。 しかし、インフルエンザという病気が人々に恐れられ、医学的にもある程度解明されるようになったのは、なんといっても「スペインかぜ」とている。
世界史を変えたインフルエンザ人類はインフルエンザの流行を何回も経験することである程度のことをわかってきた。 しかし、私見をいわせてもらえば、スペインかぜまではかぜとインフルエンザの区別は必ずしも明確ではなかった。
インフルエンザの病原体がウイルス(ろ過性病原体)であることの同定はできなかった。 これらのことはすべてスペインかぜ以後にはっきりするわけである。
こういう点からみても、インフルエンザのとらえ方はスペインかぜ以前とスペインかぜ以後で、はっきりとちがうといってもいいだろう。 いわれる1918年から1919年にかけて世界的に大流行したパンデミック以来のことである。
1918年春ヨーロッパは第一次世界大戦のまっただ中にあった。 破竹の勢いでフランスを席捲していたドイツ軍は、パリを射程に収め、圧倒的優勢を保っていた。
その時点でのドイツ軍をちょっとみてみると、100万を超える精鋭と3000門の火器を西部戦線に配置し、37の歩兵師団を投入、その控えとして30師団を待機きせていた。 イギリス軍とフランス軍の四倍に達する史上最大の攻撃陣だった。
一方、敵方のフランス軍はほとんど壊滅的で、イギリス軍はこの直前に行われたパッシェンデーレの戦闘で多大の死傷者を出しており、ドイツ軍はアメリカの援軍が到着する前に大勝利をと勢い込んでいた。 ドイツ軍は必勝を信じていた。
それというのも、ドイツ軍は進撃につぐ進撃で、四か月足らずで350平方マイルものフランスの領土を占拠し、5月にはマルヌ川に達し、重火器はパリを射程に入れた。 この時点で、すでに100万人のパリ市民はパリから疎開していた。
どうみてもドイツ軍の勝利はまちがいないものとみられ、誰もがそう信じていた。 だが、結果はドイツ軍の敗北に終わり、第一次世界大戦はドイツに膨大な賠償金を連合国側が課し、ドイツは考えられないようなインフレに見舞われ、結果論だが、これがナチスの台頭につながったともいえる。

この第一次世界大戦でドイツが敗れた原因は、実は「スペインかぜ(インフルエンザ)」だった。 6月下旬、ドイツのルーデンドルフ司令官は、どの師団にも2000人以上のインフルエンザ患者が出て、補給線は途切れ、兵士たちは飢えていた。
感染はまたたく間に拡大し、7月末には、ドイツ軍の進撃がインフルエンザのために止まったといっている。

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